*** 微かな羽音 ***

その日私は自室で読書に興じていた、推理ものの時代小説だ。だが、本の内容なんてものは今回の話に意味は持たない。

とにかく、私は自室で本を読んでいた。丹楠典が私のPCでネットサーフィンに勤しんでいる。ちなみに彼のPCは目下入院中だ。もちろん、そんなことも今回の話に関わりは無い。

ふいに丹楠典が私の部屋を出て行った。恐らくy2に用があって会いに行ったのだろう。気にせず私は読書を続けた。

そして、部屋に置いてあったビニール袋が音をたてた。

小さな音だ。恐らく網戸の隙間から入り込んだ羽虫がぶつかったのだろう。夏場には多少の侵入は致し方ない。私は気にせず手元の本に集中していた。

丹楠典が部屋を出て行ってからここまでで長くとも10分程度しか経過していないだろう。そうして更に10分程の時間が経過した。もう少しで本を読み終わる。そんな頃合いだ。

丹楠典が戻って来た。特に会話もなくPCの前へ・・・と、唐突に丹楠典が奇妙な声をあげた。明らかに負の感情を伴った焦りを含んだ声だった。私は読書を中断し彼の指し示す先に注意を向ける。

なんだこの有様は。

電灯に体長5ミリ程の黒い羽虫がたかっている。そして時折、熱にやられて落下する。それは民家内で目撃するには異常な数だった。

視線を下げると、落下した瀕死の個体の他にも私の部屋を我が物顔に這い回っている連中がいる。見ればそいつらは羽蟻のようだ。

丹楠典はちり紙を手に、片っ端から圧殺を試みている。だが、無駄だろう。数が多すぎる。良く見ると体長が2倍ほどの個体、恐らく雌の蟻が混ざっている。とりあえず反射的に私はそいつを片付けた。

つまり、羽蟻が古巣を出、新たな女王蟻を伴って結婚飛行を開始し、それがどういうわけか大挙して私の部屋に紛れ込んだ。そういうことか。

迷惑な話だ。奴らにも災難だろうが。

丹楠典が殺虫剤を焚くことを提案した。確かにこの数を駆除するにはそれしかないだろう。ただ、問題は屍骸をどうするか・・・いや、何にせよ現状をどうにかすることだ。

私と丹楠典は窓をしっかり閉めると部屋を蟻共に占拠されたまま殺虫剤を求めて外へ出た。

時間は夜1時を回っている。果たしてコンビニエンスストアで目的のものが手に入るのだろうか。

結論から言うと我々の求めるものは売ってはいなかった。だが、私は奴らを比較的楽に一掃する手段を思いついた。

掃除機を使おう。

スズメバチの駆除に着想を得てのことだ。なんのことはない、殺虫剤など必要ないではないか。結婚飛行中の羽蟻ならば寿命も短かろう。

帰宅、そして作戦開始。

実際には思ったほどは楽ではなかった。物陰など至る所に奴らは潜んでいたからだ。おまけに小賢しい事に掃除機のノズルを向けると逃げようとする。

意外と時間がかかったと言わざるを得まい。しかし私はその過程で奇妙な事実に気付いた。

雌が多すぎる・・・

まさか周囲の巣穴から同時に飛び立ち全て私の部屋に集ったわけではあるまい。いや、しかし奴らが侵入に要した時間は短い。ならばこの数がほぼ同時にやってきたということになる。

窓の外側には未だ大量の蟻達が蠢いている。わからないことだらけだ。私は侵入者の残党を探しながら首を傾げていた。

とにかく、多くの謎を残しながらも蟻襲撃の夜は明けた・・・

後日その謎の多くは解けたが、その話はまたいつか。

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